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「何が変わってきているのだ」

パラダイムでしょうな」

「シフトを起こしちゃつているのか。いつごろから」

「走りは冷戦構造が解けたころからじゃないのか。目に見えるようになったのは東日本大震災を境にしていると思われる」

「以前のままだと財政がこんなにひっ迫することはなかったはずだということか」

「読み違いを起こしちゃっているんじゃなかろうか」

「誰が」

「なぁ、その契約書類て手元にあるのか。無いはずだけど、・・・。」

「つまり、契約自体が取り交わされていないってことになるな」

「解っているものやら、やれやれ」(独り言です。)

「なぁ。一般的な商行為では取引契約書が交わされる。売り買いだって納品書や請求書がきて、支払えば領収書が交付されてくるだろう。振り込みの場合は振り込みの控えが領収書になる時もあるが、・。」


ひと世 ひと世 人見ごろ。

少々付き合いしていますとその人の人となりが見えてくるものです。

これは情報やサイトにも言えますね。情報も、サイトもその裏に人がいます。

逃げ恥じゃないけど、少しずつ距離を置くことでしょう。なかなか会得できることじゃなさそうですが、そのようにふるまってきたつもりです。

「ひと世 ひと世 ひと見ごろ」と

「事系列も何もあったものじゃないな、これは」

何の事でしょう。あることを追跡していると、「何々が完了しました」と記載してきておいて、否定するようなアーティクルを、その後記載して来る。つまり完了していないということである。

もちろん完了する手立てはないことになっているのだが、…。これじゃ、意味不明なことになっちゃうでしょう。

一つの情報を鵜呑みにしないということでしょうけど、その情報だけでも時間をおいてみるとこういう現象になるということです。

意図が見え隠れしちゃうでしょう。