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付録1(文からの脱線です。巻末に付けるべき文章でしょう。) [付録]

ランチェスターの法則
 「小よく大を制する。」という戦略がある。実はこの講演会が長野商工会議所の主催で開催された。「如何しても大きな所にはかなわない。」という法則の他に「小さいけれどきらりと光る1つの商品があれば大きな所に対抗できる。」「小さい分小回りが効く。」という事を言いたかったのだろう。ランチェスターの簡単な法則と数式を黒板に書いて説明していた写真が掲載されていた。その二次法則まで使って説明するということはしなかったものと考えられる。ルート記号の中に5-3と書かれている。勿論、2乗は付いている。つまり25-9=14の平方根を開いた分だけ数に勝るほうが勝利するという法則であるが、装備品の交換比率(E=K1/K2=1)が同じという前提に立っている。上の数式から判断すれば5-3=2ではなく14の平方根を開くと3~4の間に落ち着く、片方はほぼ全滅しているのにもう一方は1,4くらいな戦力の低下しか起こらないということになる。船に例えれば、一隻沈没してもう一隻は動くことは出来るが中破するくらいということに成る。講演の内容を予想するに、この交換比率を高める事と局地戦を展開することで大きな所と互角に戦う道を説いたものと考えられる。「きらりと光る1つの商品とか、小回りが効く、」とはまさにその事である。簡単に言ってしまえば、オンリーワンということになる。この地区で、案外集客をしているお菓子屋さんがある。実際に見に行って何をしているか調査していただきたい。まさにこの事を具現しているのではないかと考えられる。実際の戦いにおいてこの交換比率が一緒なると言うことは先ずない。その例に挙げたものはおそらく戦国時代の桶狭間の戦いではないかと予想が付く(桶狭間の戦いは地元民に成りすまして酒や肴を貢振りまでして相手の情報をしっかり把握していたので奇襲ということにはならないと思える。兵力で比較すれば奇襲ということになるだろう。)。情報を的確に判断してピンポイントで攻撃を仕掛けるという戦略である。

 奇襲という戦法でよく日本軍やベトコンが展開した方法である。すべての作戦がこの戦法で上手くいくとは限らないのである。実際は第二次大戦当時の艦隊戦、航空機や航空母艦がないと仮定して同じ数だけの戦艦を並べてオペレーションすると面白い結果になることは講演を担当した人でも気が付いていないのかもしれない。装備品の違いが如実に現れてくるはずである。【大砲の弾(弾の先端部分が着水時に外れる構造に成っていた。命中率を上げる方法。)、その水柱(各艦によって立つ水柱に色がつけられていた。大和の色と、長門の色が違うということである。味方の艦から発射したものか、自分の発射したものか識別できる。)、砲身並びに砲弾の射程距離、特に主砲の発射タイミングを微妙にずらしていた。同時に発射したのでは巨艦といえども揺れる。次の発射までにその揺れが止るのを待たなければ成らない(このことが、夢ナビノートの「今いるところ、自己分析」を分析してみることに繋がってくる。その方向と着弾地点が「行きたい所、夢、目標」という事に成る。)。船の構造、魚雷の性能(10キロ位は届くようになっていたらしい。)、軍縮条約によって制限されている部分を装備品の性能を上げるという方法で解決していたと考えられる。】

 艦対戦は日露戦争を最後に行われなくなっていたのかもしれない。そのT戦法はかなり有名であるが、相手に対して標的を大きくしてしまう弊害を犯しても、自軍の砲弾を集中するという作戦が大きな結果を生んだということではなかろうか。第一次世界大戦に関してはそれほど詳しいわけではない。皆さんがよくご存知の様に、第二次大戦はその開戦当初(特に真珠湾攻撃)から飛行機が主力を占めるものに変化してしまっていたのであるが,過渡期でもあり、混在していた部分もある。その事を皮肉って「大和ホテル」と呼ばれていたことからも理解していただけるはずである。実際、大和が活躍したのは沖縄海域に特攻出撃した時だけである。(「ジャンボを釣った人々」の中ではこの法則を利用しながらフィクションとして書き上げたものである。遭難したジャンボ機を救出するためのオペレーションを解説する為に「ミッドウー海戦」「アポロ13号の救出作戦」をサブテーマにしている。「学の苦悩」の章である。
   【参考文献、ランチェスターの法則 小林竜一著OR概論共立出版数学講座】
   【参考文献、「ジャンボを釣った人々」私の著書、(学の苦悩の章)】