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序に変えて [序文]

 この話は山里の中学で一人の若き教師と45人の生徒の物語である。昭和38年度に卒業した生徒たちと彼らの生活の記録であり、勉学と個性に満ちた学級運営の、【たぶん、彼らの後の生活に何らかの影響をあたえたで有ろうと思われる。】 在り方や、ものの見方や、工夫の仕方や、努力の仕方、学びのあり方及び学びの姿勢等,自分たちの学校生活の中で何気なく誰もが気がつかないような形でさらりと実行された教育実践の記録をこのような時代と教育環境だからこそ書き残していきたいと考えるようになりました。

 ゆとり教育だとか、個性尊重の教育だとか、仰々しく声高に身構えなくとも、指導要綱だとか、学校規則だとかなくても、何が良くて何が良くないかぐらいは個人個人が判断し行動できる人間の育成であったようにも思えてきた。知恵と言うか、生き方といえばよいのか、どこにも分類できないような学習を、かってな解釈と、私の都合に合わせて並べてみたことをお断りしておきたい。そんなわけでサブ題が示すとおり広範囲なものになってしまった。また、どこかの教育者や教育評論家の批判でもなければ、実際あった事を適当に解釈しているまでのことである。

 また、各所に発想法や技術的な方法論を、問題解決学やそこへ行く為の道筋のたて方なども関連する事柄と一緒に書いている、何らかの道標になればという思いがある。これも私の脱線授業の産物であるが、そのプロセスは何分にも中学時代だけでは解決できる性格のものでは無く、先生に影響されたであろう事柄は私の現在に至るものも含まれることになってしまっている。
 特に相互学習の考え方、ついで学方法論、は私自身が再度追試をしなければならないと判断していたが、幸、高校時代、学生時代、社会人を通じてその真似事が出来たことでこのことなのだという確信がもてたものである。その理論的な背景を捜す中で上杉鷹山、ラバウルの相互学習の実験、名南製作所の知恵を見つけ出してきたものである。
 ついで学の方法はその後さまざまな分野で利用させていただいている。生涯学び続けると決意した【変な決意、参照】少年にとっては自分の周りに興味深い出来事が存在することが必要であり【問題意識を持つということ、参照】時間的にも、領域の点からも不規則、不連続にならざるを得ないことでもこの方法なら遂行可能となることを意味している。【不連続の弊害がカバーできる。】
 このこともまた中学時代生活しながら考えるという先生が身を持って教えてきたことである。また、タルムードの発想,立体思考の可能性も追試の中で気が付いたことである。玉勝間の発想やごみを砂金に変える発想はそれらの過程の中で自然発生的に生まれてきた技術であるが理論的なバックボーンがほしいと考えていたところに都合よく先人たちの知恵と方法があったものと考えている。

 「今いるところ」「行きたいところは」「優先順位」は私の経験や【脱線授業】の中から生まれてきたものであると判断している。ビジアル効果は小川の地理的環境が教えてくれたものである。常に自分の目標を自分の前に分かりやすい形にして置くことで心理的効果と脱線することがなく(脱線授業を得意としてきた私が脱線することなく、)早い、遅い、の違いがあるもののその多くを達成できたと思う。自分の行き着くべき目標をランニングのゴールに見立てることで人生のその時々の価値と意味を見出すことが出来るものと判断している。そして、常に自分の前に目標を掲げ「自己を動かす力」に変える事が必要ではないでしょうか。又、自助の精神は書物の中からヒントを得たものであるが、私たちの先祖は共同の精神の下に日本記にため池を掘り、鬼無里に発電所を建設したことは中学の時既に知っていた。其のバイタリティーは敬意を払わなければならないものとしてあえてこの本の中で触れさせていただいている。その精神と方法はこの時代にとってもけして輝きを失っていないものと考えられる。むしろ、こういう時代であるからこそ見習うべき道標になっているのではなかろうか。

 困難な時代にあってさまざまな改革をしてきた上杉鷹山の業績と遜色のないものと判断している。彼らの努力に比べれば自分の道程は平坦であるが、根気良く中学の時に手抜きをすることを覚えた少年が自らに課した反省と追試を実行しただけのことである。又、三人の年寄りがさまざまな病気をしたことから台所を実験室として使うことを思いつき、中学の時の先生や生命科学の研究者の姿とダブらせながらさまざまな素材の治験データー及び理論や知恵および実験との間を行ったり、来たりする中でたくさんの商品を作り出すことが出来た。【アイデアだけの状態のものも沢山ある。】実はこのことこそ「ついで学」の真髄であると考えている。何故ならその経験が自分の仕事の上の疑問点や創造的な側面を実験、検証できるからに他ならない。「三人以上の頭を使う方法」も「瞑想の館を自己の内部に創ること」「情報の集め方及び精度を上げる方法」もそんな中から生まれてきたものと思う。その方法も含めて自分には大きな財産となっているものと判断している。
 これらのエキスは発明や発見を志す人にとっても、そのヒントから発想の仕方及び情報とのかかわり方、理論と知恵の関係等役立つものになっていると思われる。自分の目標や、組織の目標を目指す人にとってもその見つけ方、問題解決の方法などがこと細かく詰め込まれているので自分に当てはめて応用していただけるものになっていると判断している。又、自分の人生で迷える人にも何らかの道筋が立てられるのではないかと思える、わずかばかりのストレス軽減の方法も含まれているような気がしている。
 何よりも授業を作る技術は私が生涯教わってきた先生【学校の先生だけに限定してはいない。】の中でも1、2ではないかと考えている。先生も苦労して勉強してきたので、伝えなければならないものは確りと伝えようとした形跡があっちこっちにみられるが【授業、学校生活、ホームルーム、学外の活動等】何分にも控えめに表現されていることと、前置きなどをしていないので、どこにどのようなものが隠れているのか探し出さなければならず、非常に時間がかかってしまったことは否めない。その間に物故となって仕舞った4名の同級生に心からの冥福を祈りながら、・・・・・・。
                         平成17年  早春