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駒沢先生の記憶(シェーレから連想したこと) [タームからの連想]

 一年の地理の教科は駒沢先生で確か三年生のクラス担任をしていた。地理の時間閉口したのは黒板一杯に書くのでノートをとることが非常に苦痛にかんじていたのは私ばかりではなく、何人かの不平が聞こえてきた。【必ずしも、このクラスの者だけではない。学年もまたがっていたと考えられる。都合の悪いことにはそのノートもチェックされた。】ただ夏子の姉さんと秀二の姉さんの担任をしていたという記憶は残っている。

 また、駒沢先生は当時JRCの活動をしていたので校庭の下の畑に野菜などを植えて換金して活動資金を捻出していたものと思える。私たちは其れに感動して開いている畑に豆や二十日大根などを植えてみたが、当時開いている畑は日照条件や水はけの悪いところしかなくて十分育たなかった苦い経験がある。その位、山の傾斜地まで麦や大豆が或いは小豆が植えられていたのだ。特に大西豊かは私に「豆の種が欲しい。」といってきたのもこのことが根底にあったものである。

 地理の時間だったのかそれとも違う教科だったのか良く覚えていないのだが、シェレという専門用語を覚えたのもこの時代のことと理解している。何のことかといえば、農産物と工業製品の付加価値生産性と其れが価格に反映されるメカニズムについての学習であったと思われる。この時この村の行くべき方向が示されていたように思われたのだがタイミング的には早すぎると感じていたし【もう少し商品経済が浸透してから】、迂回して時間稼ぎをしなければならないだろうと計算していたところがある。【工業化が優先されると判断していた。】このことは今だからはっきり言えることであるが、シェレという言葉から連想したことはもっと薄ぼんやりとしたものであった。

 注 このとき薄ボンヤリと連想したものがクリエイティブライフの「第六次産業の構想」ということです。

全国的に都市部に労働力を供給することでこの国の繁栄が築かれるとする所得倍増計画の殆ど初年度であり、建設の足音と共に、戦争による経済的な負の清算をつけるべき方向へまい進することが命題になっていた時期である。この時代にとってはこれが総括の結果導き出された方向なのかもしれない。

傾向という流れの中では異議を唱えても理解されないことの方が多いこともまた事実であり、時期を待つということも賢明な選択なのかも知れないが、ここまで過疎化が浸透するとは実際のところ予測していなかった。【それほど工業化の波はドラステックであったということではなかろうか。】

 近年様々な価値の多様化と共に中間山村が見直されてきたり、公害などの影響から人々が今まで気にしなかったもの、例えば水、空気、健康といったものに価値が発生し始め、同時に、定年後の生活を少々の畑を耕し、晴耕雨読の余生を送ろうとする人々がいないでもないがまだ大きな流れにはなりえず、【この流れがもうちょっと加速されれば、この国の様々な難問のいくつかは解決できる。過疎化の逆現象になりうるが、其れを補完する制度的な整備が急がれる。】無農薬、有機農法などが省みられることでこの山奥の村も幾ぶんかの活気が出てきている兆候も見受けられつつある。こんな時代的流れの中でこの村が新たな選択を余儀なくされていることも避けては通れないことになっているのではなかろうか。山奥にまで商品経済の波が押し寄せ、其れが世界的なつながりと広がりを見せているときに進むべき道程の険しさと、豊かさとを秤にかけながら、

 【トレンディ多くの人の向かう先サイコロジーと傾向科学】【歌サイエンスより】

注 トレンディ 傾向  ここでは大きな流れという意味に使っている。

 サイコロジー 心理学、【状況の中で選択するものの心理的背景のこと】





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