So-net無料ブログ作成
パネル・デスカッション ブログトップ

ルールの裏側 [パネル・デスカッション]

 一年の早い時期に「廊下を走ってはいけない。」ということでホームルームの時間に忠雄と私の今で言うパネルデスカッシヨンをした。忠雄は走ってはいけない立場、私が走ってよい立場の公開討論会です。確かに廊下は走るところではない忠雄は「走れば人に当たり怪我のもと」との発言、私は「緊急の時、火災などを知らせにいくときは走らなければならない。」「第一、まごまごしていたのでは火燃え広がってしまうではないか。」「体調が悪いときトイレが間に合わない時は走っても良い。」との発言それについて各々の事柄をひとつずつ良い悪い理由を付けて検討するのである。

 それを聞いていた人が自分の意見を言うことで、走ることはいけないことであるが各々の事例ごとに細部にわたって議論を深めることで理解を早める方法として、教材が事実に基づいていることで教育的効果が大きかったと思われる(多くの同級生は先生が何故このようなことをしたか理解していないかもしれない。かぎ括弧【・・・。】以下の具体的な事実があったのである。これも先生の行った「ついで学」だと思っている)。
最後に総括として先生の意見が述べられることで生徒の記憶の奥深くに浸透させるには最良の方法である。この事は教育指導要領にあったかなかったかは知るところではないが、先生がルールに裏側あるということを暗黙のうちに教えるために行ったことのように思えてきた。また、ものの見方や考え方を教える方法として取り入れたのだと勝手に解釈している。

 【実はこのパネルデスカッションの元になる事件はこうである.北小川と南小川の小学校が一緒になった中学で確か私の席の近くに松本源一がいて何かの話をしていたのだが、話の内容は一向に記憶がない。私がその会話の中で「何だ、五円か、」といったらしいのだ。そのことで休み時間に源一に追いかけられる羽目になり、私と源一が廊下を走り回ったのである。風紀委員会と称する学内の生徒会組織があり三年生に捕まりお説教され、その組織の長を駒沢先生のクラスの鎌倉さんがしていた。ついでに丸山先生に言いつけられたのが直接の原因であると思っている。このことは先生に確認していない。】

 後で、松本正が「五円は源一の小学校からのあだ名だ。」と説明されて納得した次第である。

 この件に関して(パネルデスカッション)、後日、「共同体の提唱」という本を読んだ折(二律背反)というのだということに気が付いた。具体的にはこうであると説明がついていたのでその通り書いておく、皆さんが自分の子どもに「楽がしたいといわれたときにどう答えるか。」「苦労して働けばやがてラクが出来る。」と説得するだろうというのである。これは論理学上、子どもの疑問に答えていないというのだ。「楽をしたいというのに苦労して働けとは何事であるか、と子どもは怒ってしまうというのである。」確かに子供はAをしたいのにあなたの答えは非Aになっている。
だが、一般的に考えてみればなるほど家の親はいいことを言うということに落ち着く、そして皆さんも納得するというのだ。これは生存の法則であり実在の法則であるというのだ。本来、Aは非Aを含むことで成り立っているというのである。

 恐らく、先生は暗黙のうちにこのことを皆に教える為に、私と源一が廊下を走り回ったという格好の教材をパネルデスカッションという形に変えてルールの裏側を理解させようとしたものと考えている(先生の行ったついで学ではなかったかと思う、。)。もっと極端に表現すればルールは皆で作るものであると言う民主主義の根源について理解させようとしたのかも知れない。
 そういえば、亡くなったお袋ははるか昔【楽は苦の種、苦はラクの種】と言っていたような気がする。尚、難波田氏はもっと多くの書面を使いこのことを具体的にしかも解かりやすく解説しているので求められ一読してみることをお勧めします。
【参考文献、特に棒線部分、難波田 春夫著 共同体の提唱 ダイヤモンドタイム社】
【理外の理あるはずはないとも言えず思惟の論理と実在の論理】「歌サイエンスより」

パネル・デスカッション ブログトップ