So-net無料ブログ作成
少々、友達のこと ブログトップ

オビこと、三男に関して [少々、友達のこと]

 上野出身で何かにつけて無難にこなす器用さと、どこか異性をひきつける魅力を備えた男だったと記憶しているが、三男とは小学校から同じクラスであり(実際は小学校4から、)、中学になっても、彼の身のこなしには、時々、関心させられることが多かった。
 おおかたのスポーツは無難にこなす上に放送委員として、校内放送や、電気関係にも一定の理解と知識を持っていたのではないかと思われる。【上に二人の兄貴がいて恐らく彼らの影響をたぶんに持ち合わせていたものと考えられる。また、親父さんが役場の職員をしていたこと等で確りした教育と指導がなされていたものと思われる。】
特に小学校においては大日方先生に良く「血の巡りを良くする」といって首筋をもまれたのは三男と、私であったようである。また、三男のお母さんが北小川から来ていて、私の御袋と同級生であった為、何かの親近感を持っていたのかもしれない。

 鮮烈な記憶は、小学校の五年の時この村に有線電話がしかれて通話できる前の段階の何日間、試験期間が設定されたときに、【その前に村全体の電話番号はすでに配布されていた。】
 私は興味本位で、というよりは試験の意味で【この頃から、実験できる類のものはおおよその試験はしてあるが、さまざまな範囲のことは到底カバーできるものではない。】、三男の家に電話をして「俺,特別用事はないけれど、おまえ何か用事があるか。」ということを言った。本当に通じるのか確認をする作業であるが、この件は、小学校の間中言われ続けることになる。中学になっても時々彼にばらされて閉口した。

 二年の時には、同じクラスのK子との噂になった。聞こえてきたことを寄せ集めて総合している。たぶん彼にとっては初恋と思われる節は多くの人の知るところになっていたものである。当人同士のやり取りまでは感知していない。
また、なんでも強力なライバルがいたとかいないとかの話も聞こえてきたが、本当のところはよくわからないというのが実情である。人の恋路の世話までは当局の感知したことではないが、語り草の種には最適な素材であることはいつの時代になっても、年齢が進もうとも変わることが無さそうである。

少々、友達のこと ブログトップ