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久木の四人娘 [学友の事]

良子、久江、みち子、けさ子の久木の四人娘である。特にこのクラスには久木の出身者が多い、後でちぇちゃんに確認すると十一人いたうちの六人がこのクラスにいたことに成る。同じようなことは塩沢や成就についても言える。何人いたかは知らないがこのクラスには4人と3人いたことになる。家庭訪問などのことを考慮してクラス分けされていたのだろうか。
それぞれ特徴があり良子はスポーツタイプ、ちゃえチャンはスポーツも適当にこなしていたが物静かなタイプであり彼女がどこで知ったのか良く分からないが、彼女の父親がわたしの父親と同級生だったらしい。ちぇえちゃんとの思い出はどちらかというと小学校の四年の時の方が多いくらいである。松代の出身でちぇちゃん先生を男どもでいじめたことがあるが、【現在ならば学級崩壊とか授業放棄ということになる。】必死になって止めに回っていた強烈な印象が目に焼きついて離れないのだ。今でも時たま夢に出てくる。これ以上はかかない。書けば長くなってしまう。それだけで本の一冊分ぐらいにはなる。現代版徒然草素描の中に投稿済みになっている「馬鹿につける薬、好奇心を学びの原点にすえて」はこれ以後のことについて書いている。(当時一緒のクラスの人は今井、英雄も、寺嶋も、春男も、健一、倉島(父親が中部電力の小川にいた。後で転校して行ったので中学のころはいなかった。)、幸光もいた(ちぇちゃん先生は彼のうちに下宿していた。)、この時は、まだ二クラスしかなく小根山の人は5年のときから一緒になったのでこの事には係っていない。勝手に思い出してもらいたい。)
みち子はもっと静かで私の記憶にないのであるが、惜しまれるのは陸上競技やバレーボールなどで活躍していたけさ子が早い時期に病でなくなり三人娘となってしまっているが良子、ちぇちゃんも村の中で生活しているので頼もしい限りである。卒業して大分経ってから私の仕事の件で良子の家を訪問することになったのだが、昔と変わらないものと感じていた。ちぇちゃんは同窓生同士が一緒になっているので、夫婦の会話にはこと欠かないと勝手に思っているが、その後どうしているか気にかけているが何もないということは元気な証拠である。

 久木分校の先生をしていた宮川先生には学校以外で何回か会っている。私の母親の生まれた家と親戚と言うことになる。遠縁関係になるのだろうか? 先生の子供さんは教育評論家をしていて何回かテレビに出ているはずである(宮川俊彦氏である。)。

私の仕事上の知り合いの人と同級生と言うことになるらしい。(吉田高校出身)

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