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数学とクレペリンの天才孝雄 [友達のこと]

孝雄の今でもわすれない記憶は算数と言うか数学の天才であったと思われる、私などは二年のとき吉田先生の数学が嫌いでどうしょうもなかったくらいであり,エピソードを披露すると先生が家庭訪問の折に、【三年の時】「おまえ、理科があれだけ得意なのになんで数学がもっと出来ないのだ。」という、「先生、其れは無理だ」「吉田先生年そりが合わない」と答えた記憶があるのだ。

当時はまだ、薪でご飯や汁物を煮炊きしていたので天井から自在鍵がつるされていてどこの家にも囲炉裏とかまどがあった。孝雄の席に行っては見せて貰ったり、袖を引っ張って「教えてくれ。]といったものである。【この性格は今でも抜けていないらしい。理解できないことは誰かまわず聞きまわる。】

ただ驚いたことはクレペリンの試験が行われ際に、多分就職や進学に備えた適正を見るために行われたものと受け取れるのだが、私などはふたつの足した合計の後ろの数字を書くのであるが、15段もいけばせいぜいのところを「ペーパーが足りない。」と言うではないかこれには正直驚かされた。「珠算でも確りやっていれば簡単なこととはいえ到底太刀打ちできることではないな。」と関心していたときに私は鼻血を出してリタイァーでる。【この日は最初から体の調子が優れなかった。】

この時クレペリン試験に立ち会っていた先生は三組の担任をしていた久保先生で社会の教科【歴史】を教えていた。「男が鼻血を出すときはよっぽどのことだ。」とからかわれてしまった。

何故このことが記憶にあるかといえば、三年の就職試験の折に、面接ときにクレペリンの話になり私はリタイァーしてあることをすっかり忘れていたので試験官に「クレペリンはしました。」と言ってしまったのであるが、鼻血を出して途中で止めた経過を説明しなければならなくなったからである。

良いにつけ、悪いにつけ感動的な体験は生涯忘れることはなさそうである。


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