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生きるのが下手な君に与える書 [脱線授業]

生きるのが下手な君に与える書】という題名の本がベストセラーになったことがある。

読んでいないので論評は差し控えましょう。

私もそうかもしれません。回り道か得意だ。もって生まれた性格でしょう。

このブログの中でも脱線ばかりしている。「脱線授業」と命名しては自己満足しているようだ。

赤塚富士夫さんの「これでいいのだ」と、・・・・・。

他人に迷惑をかけていないだけ良しとしよう。


実に身勝手な脱線授業【数学の話】 [脱線授業]

【日常的思考の可能性について】
三角関数は高校になってから勉強したと考えられるが、平方根は中学で勉強したと思う、対角線の長さやピタコラスの定理ぐらいは中学で習ったと記憶しているものの確証はない。立方体の内部の対角線の長さを求める問題だったような気がしている。
ただ、そのときに「何も難しい公式にしなくても対角線の長さは測れるのになあ。」と感じていた。このことはいくら騒いでいた私でも言い出せずにいた事柄である。【当時数学はそんなに得意ではなかった。】其れほど自信があったわけではないが、ぼんやりとしたおかしな理論というか、技術というものを感じ取っていたということである。其れはおおよそ次のようなことである。

石工の話 
 むかしあるとき、親方から石の立方体の対角線の長さを出すように言われた石工はハタと困り考え込んでしまった(こちらの面と向こう側の面の対角線のことです。)。どんなことをしてもなかなか良い名案が浮かんでこないのである。其れはそうだ、石の中にメージャーを入れるわけにも行かず、縦横の表面に出ているところしか計測できないし、まして対角線など計れるはずがない。
 日暮れになると言うのに親方になんといえばよいのか思い悩んでいると、独りの老婆が「おまえさん、なんだか難しい顔をしているが、何か困ったことでもあるのか。」と聞いてきた。石工は「かくかくしかじかなのである。」と説明すると老婆はいとも簡単に、「其れと同じ石を実際の石の上に置くことで、つまり頭の中で縦横同一の立方体を描くことで、その対角線を図れば解決がつく。」と言うではないか。石工は飛び上がって喜んで期限までに対角線の長さを親方に報告することが出来た。学問と言うのは体系化された理論であり、石工の取った方法は学問と言える方法ではないが結論は同じところに行き着くと言うことである、生活の中にある老婆の智恵に似た学び方があると薄ぼんやり考えていた。

 そんなかんなで私の数学は問題を解くということ以外の別のところに飛び火してしまっていたのである。其れも、小火なんてものではなくかなり本格的に、・・・・・。そんな体験が、後日、日常的思考の可能性ということに気がつかせてくれたのかもしれないと思っている。

【ついで学 出たとこ勝負の 手間要らず 簡単思考や 行く道新た】【ついで学方法論より】

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