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恒例の写生大会が行われて [行事]

一年の時上野で二年のとき明松寺で三年のとき外石であると記憶しているが曖昧なことと腑に落ちないことがある。とにかく三年の写生大会の写真は全員か、女子だけか、男子だけで写真になっているので間違いないと思えるものの確信がない、(一年の時の写真である可能性もある。)ただ、どうも辻褄が合わないのである。三年のときに外石だと長い間覚えていたのだが、なぜなら、わたしの絵が何故だか三組の方に混ざっていたのは三年のとき以外には起きていないはずである。【三組の絵を展示したところにわたしの絵だけ紛れ込んでしまい、おまえいつから三組になったのだ。】と冷やかされるは恥をかくやらした記憶があり、その事件は北校舎で三組が大部屋の時か一年の時で三組が大部屋でなければならないことになるのである。一年の時は私の絵が三組に紛れ込んだというのは考えにくいし、キノコをとっていて絵は完成していない状態のものであった。

写真は上野で取ったものであるが、いつ何の行事の時取ったのか理解に苦しむこととなり、(写真に画板を持っているので写生大会の時に間違いはない。)とすると、一年の時の写真で一年の時上野で写生大会をしていることになる。この際、わたし的には詳しい順序は大きな問題としないことで決着させることとした。
特に想い出に残る事として、外石の時のことである。昼前はまじめに絵を描いているのであるが、「是もかなり疑問であることが最近分かった、というのは私だけの問題であるが、外石城址【戦国時代大日方氏の城跡】の杉の大木の上で絵を書いたことになるのである。多分、上る時は何も持たずに登り、恒男か誰かに画板を渡してもらい、水も小さな缶に入れたものを木の枝に吊るして使用したと判明する次第である。あの木に登ったということは学校林の下草かりの時は起していないのである。まはり間違えば、お昼もこの木の上で食べたかも知れない。それ以外にあの場所へ行ったのは一年の時だけである。あの大きな杉も現在はどうなっているのだろうか。既に枯れてしまっているのだろうか。

弁当を食べてしまえばキノコ取りである、クリ茸とアミ茸の二種類だったと思えるがシメジがあったのかもしれない。雑木林はにわかに賑やかになってくる。学校林【松が植えてあったところ】の下の雑木林で、外石の地形からして飲み水は各自水筒で用意してきたが絵の具の水はわたしがブリキのバケツを持っていって対応してそのバケツが殆どいっぱいになるぐらいキノコが取れた。
そうなると絵を描くほうはそっちのけである。大方の男どもはキノコ狩りである。先生たちに学校で渡した後は懇親会のつまみやキノコ汁に化けたものと思える。大体この時ばかりは先生でさえ先頭に立って、「おい、落ち葉の膨れたところを掘るのだ」とか、写生大会がきのこ採集の授業に早変わりするといった雰囲気である。「指の間につまんでこうやってとるのだ。」と言いながら人差し指と中指の間にキノコを挟んで掘り出して見せるなどなどである。「誰かの足もとに大きいのがある。」だの、まごまごしていると「目の前にあるじゃないか。」
しばらくするとみんなの手では持ちきれないくらい取れた。「誰か入れ物を持ってこい。」「バケツの水を捨ててあれを入れ物にするか。」と私が言えば、「いい考えだ、濡れていたってキノコはどうせ洗わなければならないから大丈夫だ。」何て騒ぎやら、絵の具を溶く水のことなどどこかへ跳んで言ってしまっている、おおらかな時代を皆で満喫したといえる。「誰だ、形の良いやつを踏んだ奴は」などなど、絵を描かずにきのこ取りに参加した人は勝手に思い出していただきたい。
【写生大会の写真を入れる】