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分校時代の記憶 [先生が出てきたついでですので]

かなり昔の記憶になるのでその全部を覚えているわけではない。言葉の大切さを教えようとした教師がいた。まだ分校に通っている頃の話である。

「お前達、言葉を一切使わないでどうしてもらいたいか。相手にわかるように伝える事を考えてみろ。」と言い出した。確か同級生は9人しかいなかったので3年生一人を調達してきた。国語の時間だったような気がしている。一年から三年までの1つの教室での勉強である.今で言うところのパントマイムやジェスチャー、絵、イラスト、図などは使ってよいことになっていたような気がしているが、数字、記号は禁止されていた。人類が伝達手段として後から工夫されたものは除外されたものと思われる。

言葉がどうして必要なのかを確り教え込む目的があったと思われる。二人一組にしてゲーム感覚で行なわれたと思っているが記憶のほうがおぼつかない。小学校2年生くらいの頃だと思っている。もう54年も前の話である。記憶の糸も大分磨り減ってしまっている。

言葉が生まれた背景について理解させようとしていたのだろう。言葉の無い状態にする事でどんな不都合や意思の疎通が不自由になるのか体験させる事で言葉の持つ重要な意味を学ばせたのである。反面教師ということを実践して見せたのだろう。

それにしても、現在ではこんな教育はしていないのではなかろうか。目の前のスケジュールを消化することが最重要課題になっているのかもしれない。教育指導要領というマニアルに則った方法でなければ成らなくなっているのだろうか。教師ではないのでその辺はよく解からない。

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