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寺島、健次郎吹奏楽で頑張る [吹奏楽から感じたこと、他]

寺島と健次郎が吹奏楽の練習に借り出されて、小川中学校にも吹奏楽部なるものが出来た。おそらく、二年生の後半のことでしょう。先の事柄と関係があり、クリエイテブ・ライフのコンダクターがしっかりしていればともつながっていますのでここに投稿しています。本ではこのような編集はまず無理でしょう。

文章をCD化するという理由はここにある。そして、ソウネットのすばらしいところは文章内のタームからその関係するところにアクセスできるように設定されていることです。

後日寺島に話を聞くと、なんでも楽器はどこかの企業による寄付によるものだったらしいが、私はそんなことは知る芳もなかった。
「運動能力があり、肺活量の多い人が集められたのだ。」などという話が交わされた記憶が残っている。今でこそ吹奏楽は女子も参加しているが、当時は男子だけの編成であつたと思う。二人とも運動能力は抜群であり、健康優良児であったことは事実である。
運動会の行進曲や、後に校歌、西部陸上競技大会では君が代行進曲なるものを演奏して選手入場に一躍買うこととなる。

実はこの時、可笑しな感想というか、イメージしていたことになるのだが、そのままになってしまっていたことがある。(トランペットとトロンボーンだけでも演奏できる(二人の練習を見て)、すべてが整えばなんと豊かな音楽になるのだろう。)という楽器の個性と其れがかもし出すハーモニーの豊かさの違いについてである。当時この事を一切口にすることはなかった。

おそらく4年くらい経ってからこの時感じたことが突然蘇ってきた。ここでまた私の脱線授業が目を覚ましたことになる。そのことは【ゴミを砂金に変える発想、】(私の著書であるがCD化してある。)の「コンダークターが確りしていれば」「個性の尊重」「共同的学習の可能性、ラバウル実験学校の試み。」という発想に繋がってきたのである。

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