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四つの不思議な窓(三人以上の頭を使う方法及び訳。) [ジョハリの四つの窓]

中学の時、どこで見たのかも皆目見当がつかずにいるが、四枚のガラスで仕切られていた窓を見ているのだ。或いは、学校じゃなくて昔の役場か、農協か、郵便局だったかもしれない。

そのひと枠にAA、もうひと枠にABもうひと枠にBA最後の枠にBBと並べて見たのである.AAは自分も知っていて他人も知っていること、【いわば自他共に認めるということ。】ABは、自分は知っているが他人は知らないこと、【自称何々だというようなこと。その人の専門的なこと】BAは自分が知らないのに他人が知っていること、【あいつはこうだと言うようなこと。】BBは自分も他人も知らないこと、【自分も他人も気が付かずにいること。未知の領域。】という図式を書き込んでみたことがある。

実に変なイメージを抱いたということである。「人間は物事の一面しか注目していないのだなあ。」ということに気が付いていた。高校へ行くようになり数学の(A+B)(a+b)の展開式を習うまで確り忘れていたのだが、このことかと理解し始めその頃から心理学に興味を持つことになる。教科は便宜上分けられているものの、「関連する事柄がここかしこに転がっているのだなあ。」という実感と共に、「集合論の展開式はこのことを良く表現している。」と感心するやら、合理的な説明の仕方だと考えていた。その図解したものも書いてみた。

高校生の分際で書店へ行き心理学入門と学習心理学いう本を買って読んだ。どうも最初にイメージしたことが、ジョハリの四つの窓ということらしいことは理解できたがそのままほかしておいた。

ずっと後になって、学生時代になり人並みに恋愛などもしてみるとどうも変なイメージのことが気になりだしてきたのだ。ここでもまた、私の変な脱線授業が始まることになる。今度は切実な問題として、彼女が私をどう思っているかということであり、私が彼女をどう思っているかということである。二人とも気が付いていない部分は潜在意識(あるいは潜在能力)と表現していて、大切なことであるらしいのだ。それ以後、学内では潜在能力の何々と呼ばれた事もあるぐらいになってしまった。この経験から物事を判断する方法として、情報が違うところから3回以上自分の目や耳で確認しないものは、私の情報としてストックはするが、採用しないということと【三人以上の頭を使う方法。】、緊急性があるものは自分で情報を集めて精度を上げることにした。何回も書くが私の脱線授業は時間がかかってしまうのが最大の難点である。

そんな経験をしてきたので、後日、松本サリン事件が起きることになり、ある人が、河野さん犯人説「写真の現像などの液体や農薬などからサリンは生成できるらしい。」にふれていたとき既に「県警は間違っている。あの事件は個人や素人の二~三人で出来ることではない。もっと大きな組織的な犯罪か、公害であるかのいずれかだろう。」「サリンを製造するにしても、河野さんはその施設を持っていないではないか。」「そんな所で作ったら自分が一番先に死んでしまうので、外にまくなんてことは出来ないではないか。」「第一発見者を疑えという捜査上のセオリーがそうさせているのだろうが、先の理由で彼は犯人ではない。」と言切っていたのである。マスコミが警察の発表を加熱取材しているさなかに一人平然としていたことになる。

詳しくは長野市柳原の玉井薬品(株)の大奥様及びあやめ薬局の奥様に聞かれればそのときの状況は説明していただけるものと考えている。河野さんが容疑者として調べられているという報道がなされて三日目のことである。河野さんが解放されから大奥様に「どうしてあの時点でああいうことが言い切れたのだ。」と聞かれたが「昔、ちっとコンピューター上のことではないが情報管理と情報分析に関する勉強したことがある。捜査上のプロファイリングの手法と似たところがあります。」【オペレェーションリサーチのことである。この中に情報管理学及び情報行動学が含まれていると思っている。また、前出のタルムードは卓越した情報の整理の仕方である。】といってその場を濁しておいた。だが、物質名が公表されるまでサリンであることは分からなかった。むしろ松本の島立にある焼却所から出るダイオキシンが風の方向と盆地の地形と紫外線によってスーパーダイオキシンにでも変化してしまったものと考えていたところがある。ベンゼン核の周りの全てが塩素にでもなってしまえばあの位の人は亡くなるかも知れないと思っていた。この件に関しては塩尻の日新商店の奥様に話しをしてある。専門的な科学構造式までは言っていない(事件がおきた翌日、塩尻に行っていることになる。)。私自身も構造式まで理解するのにはもう少し時間がかかったということである。

また、家でも話題になったとき(我が家のアイデア会議は夕食の時間に行われるが、アイデアばかりではない。時事のこと、仕事上のこと、買いたいもの、飼い犬や年寄りたちのこと、家族旅行等の計画他)、妻や娘が夕食の時に話題にしていたので「河野さんは犯人じゃないことは確かだ。彼一人ではできる性格の事件ではない。もう少し情報が集まってこなければ今の時点では正確な判断ができない。」と話しておいた。(多分河野さんが警察に出頭するようになってから五日ぐらい後のことである。)婆さんが聞いているはずである。ただ、最近はまだらボケの状態である(その後、亡くなっています。)

【様々の情報を解析すればそのくらいのことは簡単に判断できるのである。詳しくは、「ジャンボを釣った人々」サブ題、「危機の管理学、学の苦悩1、ミッドウェー海戦の分析。」を参照されたい。私の著書、このブログ前半部。】相当たってから「お父さんの言っていることの方が正しかったね。」と女房にいわれた。大組織でも時として大きな判断ミスをしてしまいかねないことになる。
オペレーションリサーチ(作戦指令)の経験が発明や発見、自分の目標管理、情報の集め方、情報との付き合い方、その解決方法などに大変役立っている。このことは中学生時代、ソフトボールにせよ、野球にせよキャッチャーをした経験が作戦指令の立て方及び問題解決学の初歩的な出発点であったと考えられる。上に行ってから野球やソフトには直接かかわることがなかった。

 「究極のアウフヘーベンゼロとイチ デジタル科学の選択術」「歌創造学より」

 注 アウフヘーベン哲学用語で矛盾する命題がお互いの良いところを選び高次の価値を見出す状態を言う。特に、弁証法という論理学の用語である。超えるという意味がある。科学用語に昇華という用語がある。固体が液体を経ずに気化することや、その反対の現象を説明する言葉である。その字を入れ替えて「華昇」という事にしている。「性格の違ったものが出来ることになるのでこの方が適しているのになあ。」というのが実感である。

注 この記事は既に私のいくつかあるブログのどこかに投稿済みになっているものです。



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