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伝えなければならない本当の意味 [コミニケーション論]

「物には言葉がある。言葉には意味がある。」と悟らせたヘレンケラーのサリバン先生は多くの言葉よりも以前に、水は冷たくて、美味しくて、つかめないものだという実感からはいっていったと考えてよさそうである。

先ず感じること、(ここにもまた、感性の大事な側面がある。場合によってはスキルより前にこちらが必要かもしれない。)その次に、そのものの持つ特性が先で、実際手のひらにwaterと書いて見せているではないか。指文字を屈指して一つ一つの単語を覚えさせようとした。人形も同じことである。言葉による所の理論や概念が先に来ることはなかったと思われる。

その意味では、私の言う現場学と共通するものが見え隠れする。何よりもヘレンケラーにとって言葉を、意味を知らなければならないという乾きにも似た欲望に火をつけられたことで、彼女の学びの半分ぐらいは完成したものと思われる。後の半分はヘレン自身の努力の賜物である。

問題提起とその解決方法を教えるだけで教育の多くの部分は成し遂げられるはずである。その中から学びと解決したときの喜びを実感させる事でその多くは解決できるのではなかろうか。

そういう意味では特許、実用新案は教育と非常に良く似ている部分が多いことに気がついていただきたいものである。

本当の意味の教師という仕事は問題のありかと其れを捉える感性と解決すべき方法と継続する為の知恵を教えるだけでよいのかもしれない。其れさえ解かれば、多くの問題は自分の力で解決できるはずである。解決すべき課題が目の前にあり、解決する手段を見つけ出さなければならないのである。

現代教育が多くの答えを与えてしまっていると考えるのは無理なのだろうか。はるか昔、さまざまな分野の偉人たちがどうしてきたか語り聞かせてくれた私の師父たちの顔を思い出さずにはいられない。

  【参考文献、愛とまごころの指 サリバン女子の手紙 社会思想社】
  【参考文献,出世を考えるより感性を磨け 蔦信彦】

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