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まき子に関して [やけにほろ苦いコーヒー]

彼女記憶と言えばなんといってもスポーツの才能と特にハードルの記憶が印象に残っていることは前に書いた。彼女とは小学校五年から一緒に過ごしたことになるが、学校での記憶はそんなにない。名古屋就職してから恐らく二年目か三年目に突然手紙をいただき、「手紙以外の連絡方法つまり電話番号を知らせてよこせ。」というものであった。確か彼女は帝人という紡績会社に就職して一生懸命仕事をしているものと考えていた。
その頃私は、名古屋市立の定時制に通っていたので、会えるとしても日曜日か休日でなければ無理の旨と、寮の電話番号と住所を書いて返信した。当時寮は瑞穂球場や陸上競技場の近くで瑞穂区にあり会社は中区の金山体育館(昔、大相撲名古屋場所はここで行われていた。)の近くにあり学校はその中間の昭和区にあったので会社の帰りに学校へ行き、帰りの方向が同じもの同士で部活や様々な話をしながら寮に帰るという生活の繰り返しであった。

この頃、市内は路面電車が行きかっていて、それで往復した。都合のよいことにこの定期券は途中で乗り降りしても良いことになっていた。

後日、まき子より電話があり、「一人の女性を紹介する。」と言ってきたので名古屋の栄町だか納屋橋の歌声喫茶【当時そういうところがはやっていたものと思えるが,学校に行くようになってデートだの映画だのと言うことは学校で行く以外にとんと縁がなくなっていたので良く分からない。あまり遊んで歩くと言うことが無かったので少々お金がたまってきた。自己投資ということ、参照。】で会う段取りをして会った。

彼女の仕事の仲間だったと思うが、ちょっと小太りの背の方は女性としては普通のまじめなタイプの女性であった。印象は悪くなかったが、自分のおかれている立場などを考えると、デートのためにたいした時間が取れないものと判断していたのでその旨を伝えたものと思われる。

一体彼女はこの女性に私のことをなんと言ったのかも知りたかったが、そのことは言い出せずにいた。何曲かの歌、ロシア民謡だか様な気がする。幸せの歌だったのかも知れない、を歌った後に分かれた。帰りがけにその女性はハンカチを落すことで、【良く使う手らしいが】、拾わないで「ハンカチを落っことしたのでは」とだけ告げて別れた。

以後まき子には同級会でもあっていないことになるのだが、やけにほろ苦いコーヒーだったと記憶している。

【コーヒーの 苦さをかんで 行く道の 遠きをはかり 涙に暮れる】【愛の純情歌集より】

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