So-net無料ブログ作成
検索選択
あちらこちらの時々出没 ブログトップ

聞く耳を持つということ [あちらこちらの時々出没]

これは学校の先生から教わったことではない。あるとき、「お前、顔のイラストを描いてみろ。」といわれたので描いた。「目は二つあって、耳も二つあるが、口は一つしかない。」そんなこと言われなくても分かっていると思っていたら、「この比率を良く覚えておけ。」と来るではないか、「目は物事を良く見るためのもので、耳は良く聞く為のものである。口はコミニケィーションで自分の考え方を主張するものである。」と続ける。「人の言うことや、やっていることをよく見聞きすることだ。百聞は一見にしかずというけれど、百聞も一見も大事なことである。」「人が何を言っているのか注意深く聞け、そしてそのときは一切先入観をさしはさむな、分からないことだけ質問しろ。しつこいくらいに聞き出せ。」(場合によっては批判するな。)と言い出した。

学びの姿勢に通じるところがあると思っていた。「いったん、彼の主張を全部受け入れて、後でそのことを吟味して、あの考え方は採用できる。俺だったらこうする。ここを変えればもっと良いものになるというときに自分の考えや色を付け加えれば良いではないか。そのように振舞ってもお前さんのプライドが少しも傷つかない。」「難しく言えば、弁証法的な考え方だが、案外、いろんなものが見えてくるものだ。」アウフへーベンということなのかもしれない。「本当に理解しようと思ったらそういう手続きが要るはずだ。」深く掘り下げて再度自分流に構築しなおすと言う手続きである。「多くの人はこの作業ができないために、失敗やらお金だけではないけれど何らかの利益をみすみす逃してしまうのだ。」(事実、人の言うことを聞かなかったために売れない商品を作ってしまった友人や会社を見てきた。アドバイスを求めてきている人たちでさえそのような間違いを犯してしまうことになる。変な欲や先入観にとらわれているのだろう。中にはすばらしいセンスを持った人もいる。「人を見る目を養うこと」「イソップ物語、知恵の量」「知恵袋、」参照)「自分たちのことではないと思っているのかも知れないぞ。そういう人は感性が欠如しているのだ。課題を見つける能力ということになる。」「なるほど、良いことを言っている。」と納得するしだいである。

このことを生涯貫いてきたが、多くの人たちは何かの申し出があったら自分の先入観や知識、今までの経験などで反論したくなる。「そんなことをいったって現実はこうである。」「この状況をよく考えてみて欲しい。」「私のすることではなさそうだ。」自分の知識や地位などを披露したくなってしまうのだろう。する、しないは先様の判断することである。この傾向はメーカーの営業マンに多い。自分は会社の看板を背負っているということに気が付いていないのである。反対から言えば背負っているから制約があるのだろう。個人の名前でいろんなことを成し遂げてみていただきたい。三分の一も達成できないことになるだろう。

聞く耳を持つと言うことは、素材でも商品でも同じこと言える。素材と真剣に向き合っていると「なんと一緒に配合してくれ。この比率がベターだけれど、味が調わなければ何を追加してくれ。」商品の場合は「誰のところに嫁入りしたいか。どこの問屋さんに、どこの地域に、直売で、通信販売で」訴えてくるものである。この訴えの分からない商品や素材はそれほど売れないということになる。

だいぶ後になってブレーンストーミングには欠かせない手法だということを知ったしだいである。そして長い間、メーカーの持ってくる商品を一人ブレーンストーミングという手法で吟味させていただいた。仕入れて売るということはその後判断すればよいということになる。そんなわけでメーカーの申し出に対して即決したということはないが、自らが欲しいものはこの限りではない。この経験が特許や商品作りに生かされている。コンセプトといわれていることが極自然な形で出来上がっていたことになる。権利に成っている、いないに関わらず商品化してきたものは10種類以上ある。現在、継続販売されているものは半分しかない。時代とともに役割が終わったものと判断している。

  注 ブレーンストーミング。アイデア会議においてアイデアを批判するのではなくこうすればよりよいものになるとか。高次のアイデアを導き出すための会議の手法でオズボーン博士の提唱したものである。
  【ここに耳のある顔と耳の無い顔のイラストを入れる。】


あちらこちらの時々出没 ブログトップ